日本は宗教教育がないのに道徳観念を持っているのはなぜ?
よく海外の方が抱く疑問の一つですね。
といっても、
色々な宗教の良いところどりをしているだけで、
信心にやってる人は稀ですね。
しかも、複数を同時進行で信仰しているという形が
なかなか理解できない様子。
今でもこんな事を言われるくらいですから、
大昔はもっと
「なんだこの民族わぁ!!」
だった事でしょう。
だから新渡戸稲造が考えた
新渡戸稲造というと
どんなイメージがありますか?
実際、お札の肖像になるくらいなので
それなりに成果を残されたりされている方ですね。
クラーク博士、少年よ、大志を抱けでおなじみの方が開校した
札幌農学校(北海道大学)卒業後、
帝国大学(東京大学)の入試試験を受け、
面接で「われ、太平洋の架け橋とならん」という有名な言葉を残しています。
そしてその後に東大を退学してアメリカやドイツに留学します。
アメリカでメアリーさんと結婚したりされてます。
1891年に帰国し、
札幌農学校の教授となるも、
体調を崩しやむを得ず休職。
療養中に英文で書き上げたのが
『武士道』(BUSHIDO: The Soul of Japan)です。
1900年にアメリカで出版されるとたちまち大反響を呼び、
各国の言語に訳されました。
アメリカ大統領セオドア・ルーズベルト(1858~1919年)も感銘を受けたといいます。
なんで英語で?
なぜ日本でこのような思想や道徳教育が行き届いてるの?
しかもメアリーに至っては何度も何度も…
…と煩わしく思ったり、
即答できなかったことをうけて
武士道を英語で書き上げて
コレ読んで一人で納得しろ!!
…と言ったかどうかは知りませんが海外に向けて出版に至ります。
武士道とは…
武士道を一言で言うと
「武士の掟」
すなわち
「高き身分の者に伴う義務」
フランス語でいうところの
Noblesse Oblige(ノブレッソブリージュ)であると述べています。
武士道は成文法ではなく、
また1人の人間によって制定されたものではありません。
数百年にわたる武士の歴史の中で、
悲しいけどこれ戦争なのよね
武士の生き方として自発的に醸成され発達したものです。
武士道には
義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義
という7つの徳が挙げられます。
南総里見八犬伝のアレの文字ですね。
徳とは優れた精神性のことで、
このように言葉をひとつづつ当てているのは
「仁・義・礼・知・心」の「五常」を説く儒教の影響を受けてますね。
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